だらだら旅行記、ナスカとマチュピチュを巡る10日間のツアー(2024年9月24日〜10月3日)、その6。
遺跡まで
早朝からガタガタする人たちがいて、うるさくて5時くらいに起きた。モーニングコールを5時半に依頼していたはずだが、コールはこなかった。
我々は6時から朝食だったのだが、その前の5時半組がいたようだった。室温21℃、湿度72%。
朝食ビュッフェは例によって炭水化物まつりにしてしまった。
我々が乗るバスは8時、ということになっていた。7時15分にロビー集合で、バス停まで近いのに早いなぁと思っていたら、外はすごい列。これ、みんな8時のバス待ち!? すでに9時のバスにも人が並んでいた。ひーー!
バス待ち観光客の中にそろいのジャージを来た少年少女一団がところどころ。ペルーの修学旅行生だとのこと。
並んでいる時、日陰は18℃くらいでヤッケを着てちょうどよいくらいだったが、日向は熱くて、ヤッケを脱いだ。荷物になってリュックサックがパンパンに。
バスは遺跡と村の間をピストン輸送で、狭い村の中の道で水路ギリギリまでバックしてUターンする。運転手、大変だ。






8時半くらいにバスに乗れた。結構な坂を登っていく。バスの前方に客席に向けてスピードメーターがついている。だいたい30km/hちょいくらいで走っていた。
一般車両は立ち入り禁止みたいだが、時々下ってくるバスとすれ違うので、道幅的に大変そうだった。


遺跡:午前中
遺跡の入口には9時くらいに到着した。すごい人だ。石垣の上が遺跡の入口だそうだ。
その下の小屋がトイレになっている。遺跡の中にトイレはないので、ここで済ませていく必要がある。有料トイレで2ソルだった。
ここにもくつろいでいる犬がいた。ペルーの犬、フリーダムだな。
チケットには、入場時間とどこのコースを回れ、というのが書いてある。昔は自由に回れたらしいのだが、今は指定コースしか許されてないみたいだ。人がいっぱいいた割にはほどなく入場できた。




コースBは、まず高いところにあがって、広めの場所から遺跡全体を見渡す。
見張り小屋といわれている地点へ。ここ、屋根は復元だったと思う。
インカ時代の石畳の道も残っている。
遺跡の背後のワイナピチュ山の上の方にも石垣っぽい人工物が見える。あんな崖の上までいったいどうやって?と思う。







よく晴れていて、広めの場所から、ワイナピチュを背景に絵葉書で見たような遺跡の写真を撮ることができた。
…緑色の人工物は発掘テントで、ちょっと残念な感じだが、行った時期がわかる写真じゃないかなということで加工せずにそのままに。

眺めを楽しんで写真を撮りまくってから遺跡の中へ。
大門とかメインゲート(Portada prinsipal / Llaqta punku)とか言われる場所で、記念撮影に勤しむ人々。この門は内側から木の杭で扉を閉められるように穴とか出っ張りがある。
内側からみた大門の左、見張り小屋の背後に見える山がマチュピチュ山なんだそうだ。水はあのあたりから引いてきているそうだ。


段々畑だったという階段状の遺構がある。今は何も植わっていない。その付近に、よそから連れてこられたというリャマがいる。本来、リャマはもう少し高いところにいるんだそうだ。


ここの石は花崗岩だそうだ。とにかく石積がすごい。きっちり積んであるところがパチャクティ王の時代のもので、その上は突然積み方がいい加減になる。王の別荘だったとも言われていて、王様が死んだらどうでもよくなったのだろうか。
建物の壁のくぼみは飾り棚といわれていて、ミイラが祀られていたとも…。





とにかくいろいろな石の建造物を見てまわる。石と石のあいだにセメントとか入っていない。どんな形の上にどれを積むかとか、設計が大変だったろうなと思う。
遺跡のはじっこ、ワイナピチュに向かう登山道の入口付近には「聖なる石」というのがあって、背後のやまとほぼ同じ形。
遺跡の各所は◯◯神殿とか後世に名付けているものがあるが、実際は何だったのかはわからない。謎の大きな石があったり、水鏡といわれている丸いくぼみも占いとか天体観測とか言われていたり。





2時間半くらいたっぷり巡って11時半くらいに一旦、遺跡の外へ。
ビュッフェレストランで昼食をとる。小綺麗な店で、メニューも地元っぽくてよかった。



遺跡:午後
午後は、コース3−Bで、高いところには登らず、中庭の東側をぐるっと周る感じだ。
天気が変わって、雲が増えてきた。




居住区を歩くと、通路がとても狭い。ツアーメンバーと「インカには太った人はいなかったのかー!?」とか言いながら歩く。
ガイドさんが、段々畑の作り方を図解して教えてくれた。なるほどー。
- 石壁を作る
- 小石をいれる
- 小石の上に粘土をいれる
- 粘土の上に砂をいれる
- 砂の上に腐葉土をいれる
- 植物を植える


遺跡の中は水路がめぐらされている。いまでも水が来ている。



インカの石積は地表に対して垂直ではなく、ちょっと斜めっている。地震対策らしい。ここマチュピチュはわりとしっかりした地盤の上なので地震が少ないそうだ(とガイドさんが言っていたのだが、裏がとれなかった。断層の上だという話も出回っている)。
インティワタナは立入禁止になって登れなくなっていた。




遺跡の中に、ビスカッチャがいた。うさぎに似てるけどネズミなんだそうだ。一番右の壁の穴のところ。


コンドルの神殿。形がコンドルが翼を広てているっぽく、右下がくちばしに見えるから、ということらしい。言われてみればそんな気もするけど。



途中、小雨が降ってきてかっぱを来たり(傘禁止)、民族衣装の人たちの一団を眺めたり。



石の説明で、インカ十字とか3段とか説明があったけど、世界観を飲み込むのはなかなか難しい。
遺跡を出て
帰りのバスが、これまた大行列で乗るまで一時間待ちくらいだった。
ここへ来る列車でみかけたインカトレイルの終点は、遺跡の入口みたいだった。結構な坂で石畳になっていた。
まわりを見るとアボガドが生っていた。え、木になるのか! そして大量に…。通りでサラダにやたらアボガドが入っているはずだ。普通に野良で生っているくらいだもの。





マチュピチュ村に戻ってきたのは16時頃。夕食までだらだらして過ごす。
夕食は昨夜と同じホテルのレストラン。この日はツアーの女子テーブルと男子テーブルに別れて盛り上がった。



ホテル:El Mapi
→その7へ続く
参考:ツアーメンバーのvlog:ペルー「マチュピチュ」奇跡の天空都市(約7分)