だらだら旅行記、ナスカとマチュピチュを巡る10日間のツアー(2024年9月24日〜10月3日)、その4。この日は、マチュピチュへ行く鉄道の拠点であるオリャンタイタンボの村まで行く。
クスコへ
マチュピチュはパラカスから東に400kmくらいにあるのだが、アンデス山脈が立ちはだかるので直接行くルートはない。リマからクスコに飛んで、そこから陸路ということになる。
というわけで、まずはクスコに向かう。クスコは標高3400m、リマはほぼ海岸なので一気に3000mあがる。慣れない旅行者は高山病対策必須である。以下、添乗員さんからの注意点。
- 大声を出さない
- ゆーっくり歩く
- ターンテーブルの荷物は自分でとらない(ポーターさんに任せる)
- 腹式呼吸で深呼吸
- 水をこまめに飲む
- 頭痛薬を使う
ちなみに、高地順応というのはしばらく残るので、日本で高い山に登っている人は少し体が慣れているんだそうだ。自分は全くの平地民なので、慎重に行動しないといけない。
さて、またまた朝早い。6時半にホテル出発なので、朝食はお弁当。ホテルで受け取って道中で食べることに。中身はジュースとサンドイッチとみかんとシリアルバー。保安検査を通らないかもしれないので、シリアルバー以外は空港までのバスの中で食べた。みかんは種が入ってはいたけどふつうにみかん。日本のスーパーでも時々ペルーみかんを売っているが、それのようなものだった。
街中の看板で「ケンタッキーがピザ!?」と思ったら、ピザハットとケンタッキーが別々のテナントとして入っているだけだった。街中は乗り合いバスみたいなワゴン車がいっぱい走っていた。



道端では屋台みたいな露天みたいな感じで物売りしている人たちとその利用者がたくさんいた。食べ物を買っている人たちもいたので、朝ご飯なのかな。



今回は国内線利用なので、保安検査はわりと簡単で、水持ち込みも大丈夫だった。空港の中はわやわや混んでいた。飛行機も混んでいるらしく、出発が1時間くらい遅れた。
待っている間、ツアーメンバーからコカ入りの飴をいただいた。これは米国や日本に持ち込めないので、ペルーで消費しないととのこと。舐めてみたけど普通に飴だった。コカはすこーしか入ってないんじゃないかな。



機内で爆睡していたらあっというまにクスコに着いた。飛行時間は1時間くらいだ。
飛行機からはタラップでおりて、そのまま歩いて建物へ。荷物が出てくるターンテーブルの近くでは、民族衣装っぽい一団がいた。
こちらはそろりそろり歩いているのに、欧米人の観光客はわりとお構いなしな感じだった。




空港からはミニバスで移動。道が広くないので大型バスだとだめなんだそうだ。まずはお昼を食べるので、クスコの中心アルマス広場へ向かう。
クスコはリマに比べて「観光地!」っていう雰囲気。インカ帝国の首都だったってこともあって、日本でいうと京都か奈良のような感じなのかもしれない。



「アルマス広場」というのは、スペイン文化圏の町にある中心広場だ。リマにもクスコにも、小さな町にもある。旧共産圏でいうと旧ソ連の赤の広場とか中国の天安門広場のような感じか。
広場のまわりの回廊っぽい建物には土産物屋や飲食店が入っていて、我々はその2階のレストランに入った。





ランチはペルーっぽいメニューだった。アボガドサラダに載っていた丸くてオレンジのものはプチトマトかと思って口にいれたら甘くてびっくりした。ほうずきだそうだ。メインはアルパカ肉とキヌアのリゾット。アルパカ肉は…普通の肉。





広場には、メニューブックを手にしたレストランの客引きがたくさんいた。
大聖堂と教会。なんで同じような施設が2つもあるのか。非キリスト教徒の私にはよくわからない。大聖堂には司教がいるとのことだが、偉い人用の教会と一般人用の教会ということだろうか。(横浜市でいえば、市庁舎と区役所、みたいな…)
われわれはまだそろりそろり歩きをしているのに、広場を駆け回っている子どもたちがいる。うむ、人体の不思議。




ちょっとだけ広場を眺めて、アルパカ牧場へ。どんどん丘を登っていく。クスコより高いところにも人々は住んでいる



アルパカ牧場
アルパカ牧場は標高3800mくらい。アルパカだけでなく、リャマもグアナコもビクーニャもいる! 全部見れた!
もこもこしているのはアルパカ。毛皮の色がいろいろだ。餌やり体験もできた。


耳の立っているのがリャマ、耳が寝ているのがグアナコ、小さいのがビクーニャのはず。




この施設ではアルパカなどの毛を使った織物の実演もやっていた。毛を刈って染めるところから説明があった。隅っこにモルモットがいた。こちらでは「クイ」という。
クスコからの現地ガイドさんによると、クイは各家庭で飼っていて、お誕生日などお祝いのときに食べるのだそうだ…。食べるのか……。



毛織物の説明を聞きながらお茶を飲んでいるあたりから、具合が悪くなった。キタ、高山病!
クラクラして軽い頭痛がする。座っていると大丈夫。他にも1,2名、具合が悪くなってきた人が。…ふたりとも私より若い人で、私より年上の方々は元気いっぱい。うむ、年齢とか体力の問題ではないのだな。
モライ遺跡への移動中、調子悪くて車窓を楽しむ余裕がなかった。
マラス塩田・モライ遺跡
マラスの塩田、塩を含んだ水が湧き出ており、水を蒸発させて塩を得る、という文字通り塩の田んぼである。
結構、壮観なのだが、ここあたりではまだ具合が悪くて、下へ降りずにみんなが戻ってくるのを座って待っていた。案内板を見るとかなりたくさんの田んぼがあることがわかる。




マライの次はモライ遺跡へ。少し体調が戻ってきたのでみんなについて見物。
この同心円の段々はインカの農業試験場だった、と言われている。ほんとかな。一番大きな渦の一番底はマチュピチュと同じ標高だそうだ。こういう渦が数個ある。
一番右の写真の看板は「Intihuatana muyu」と書いてある。「インティワタナ」は日時計といわれたりする。なんか儀式と関係あるという説があったり。
人が写っている写真で、大きさがわかるかな。




夕方になってきて、気温は16℃くらい。風が冷たかった。
このあと細い道を爆走してホテルへ。運転手さんは抜け道を使ってショートカットしたらしい。
オリャンタイタンボ村
18時半頃、暗くなってからホテルに到着。
コテージっぽいホテルだった。トイレットペーパーのホルダーが、つまんで引くやつ。日本ではあまり見かけないが、フィンランドにはあったと思う。
一番具合の悪かった人は夕飯が食べられない状態だったが、わたしはだいぶよくなって食事ができた。ここは部屋に湯沸かしポットはないけど食堂にお湯とティーバックがあって、使い放題だった。






デザートがパンケーキとは、ここも炭水化物祭りなのか…。
軽い頭痛がするので、頭痛薬を飲んで寝床へ。
夜中に鶏がときの声をあげたり、落雷があったりして、何度も目が覚めた。
ホテル:Lilium Valley
→その5に続く